遠野司書とオムライス

今日は卵です。地元の鶏卵農家さんからせっかくだからと手渡された質のいいものです。 輸送部門山田

料理長から「今日の追加食材で特別メニューを考えなさい。」と命ぜられている調理師は首をひねった。目の前には鶏卵。幸い追加分は40個とそれなりにあるのだが、だからこそ困っているのだ。
「よし、オムライスにしよう」
彼は冷蔵庫とのにらめっこを打ち切り、食材を取り出してカウンター目の前の調理場に移動する。

ちなみにオムライスの上にかけるデミグラスソースは、厨房に常備されているものを使う。これは料理長が野菜を炒めて煮込むところまで全て手作りした特製ソースである。
ということで彼がはじめに取り掛かるのは、ケチャップライス。まず、タマネギを取り出し、軽快な包丁さばきでみじん切りにする。同様にウインナーを小さく切る。これらを一切れのバター、塩、コショウ、醤油、顆粒のコンソメ、そしてケチャップと共にフライパンに投入し、タマネギがしんなりするぐらいまで炒める。若干湯気が出てくる頃にはタマネギがしんなりし、いい匂いがしてくるはず。
「よし」
そこに頃合いを見て追加で炊いておいてもらったご飯を加える。よく炒めたら味を確認し、ケチャップや塩、コショウを加えて味を調えるのだが…。どうやら彼は満足そうだ。

丁度その頃、蛸の人形を抱えた少年が食堂にやってきた。両脇には本を満載した手提げと脚立も抱えている。そして昼食にはまだ早い時間ではあるが、彼の目の前へ真っ直ぐやってきてこう尋ねた。
「何を作っているのですか?」
「見ての通り、オムライスだ」
わきから卵を取り出して彼が答えると少年は目を輝かせた。
「まだ食堂が開くまで時間がある。昼飯を食べに来たんだろう。試作品で良ければ僕のオムライスを食べていってくれ。味見は他人がした方がいいしな」
少年は大きく頷いた。

さて、オムレツである。
まず、卵を3つを割って、マヨネーズ、牛乳と一緒にボウルで切るようにかき混ぜる。ご存知の諸兄姉も多いだろうが、マヨネーズを加えることで卵がふわふわになり、きれいな黄色になるのだ。よく卵液をかき混ぜたら、フライパンでバターを焦げないように溶かす。
そうしたらフライパンに先程の卵液を投入し、卵が半熟になるようにかき混ぜながら熱する。卵は張り付くと何をやっても取れてくれないので、彼の表情は真剣そのものだ。十分に半熟になったら形を整える。ゴムベラを使って半熟の卵を包むようにオムレツ型に変えていく。接合部は取れやすいので焦げない程度に十分に熱して出来上がりだ。

「どうだ」
彼はフライパンのオムレツを転がしてみせた。ちなみに中が半熟だからこそできる芸当である。
そしてこれをお皿にもったケチャップライスの上にのせる。
「ほら、切ってみな」
少年はナイフを受取りオムレツにナイフを入れる。すると湯気を立ち上らせながら、ゆっくりと半熟の玉子が露わになっていく。料理長のデミグラスソースをかければふわとろオムライスの完成だ。
「おお…!」
蛸の人形も触手を揺らして心なしか嬉しそうである。そんなはずはないが。

さて、お皿をテーブルに移して。
「いただきます」
スプーンを手に少年はオムライスを頬張る。満面の笑みで黙々と食べる。
やがてカチャリとスプーンを置いた。
「どうだ」
「たまごがとろとろで美味しいです。そうですね…童話の様に素朴で、舌を優しく包み込む柔らかな味わいでしょうか。かかっているデミグラスソースも野菜のうま味がしっかり溶けていますね」
「それは良かった。あぁ…ソースの感想は料理長に言ってくれ」
カウンターでは料理長が腕組みをして、ドヤ顔を二人に向けている。

「あ!料理長!延滞している本がありますよ!」
「ちぇ、忘れなかったか。はい、これでしょ。遠野司書」
遠野司書はやれやれと本を受け取る。
「遠野司書?君は司書をやっているのか、通りで本を沢山持っているわけだ」
「そうです。サイトL-7、またの名を第七大図書館の遠野司書です。皆さん、貸出期限を守ってくれないんですよ。お陰で今日も今日とてサイト巡りです」
遠野司書はジロリと料理長をにらんだ。
「ごめんなさいって…」
丁度その時壁の時計が営業時間の開始を告げた。
「おっと…お説教はここまでだね。ほら、スペシャルメニューができたなら、持ち場に戻る!」
「全く…今度はちゃんと期限を守ってくださいね」
「はいはい。」

廊下のおくから足音が聞こえる。
「スピードだ!俺がスピードだ!!俺が食堂一番乗りだ!!!」

騒がしくなる食堂を背に遠野司書は軽やかに食堂を出る…台車を押して。